サウル、油を注がれて王となる[サムエル上10章]

サムエル記
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油注ぎは、任命と力の付与です。

サウル、油を注がれて王となる[サムエル上10章]

サウル、油を注がれて王となる[サムエル上10章]

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【ノート】
サウルはろばを追っているうちにサムエルのいる町に導かれ、サムエルと会った。そして、サウルには特別な使命が主から与えられていることが明かされます。1節。油注ぎには、任命と、権能の付与という意味がある。サウルはここで王に任命され、王としての実際的な権能が賜物として付与された。新約の教会でも象徴的な意味で、油を使って、手を置いて任命、癒し、力の付与のために祈ることがある。油を使うか、使わないか、それはどちらでも良い。やり方はいろいろあってよい。どちらにせよ、油は聖霊様を意味する。クリスチャンは、キリストの愛の支配を広げる王とされている。その役割を全うし、主の御業や福音伝道に用いられるべく、聖霊様の油注ぎを祈り求めよう。イエス・キリストが中心的になさった3つのこと、教えること、福音を伝えること、病気の癒しと悪霊の追い出しはどれも聖霊様の油注ぎなしには効果的にできない。聖霊様の油注ぎによって成功か失敗かが大きく左右される。福音伝道に用いられたいか?聖霊様の油注ぎを求めよう。奇跡に用いられたいか?聖霊様の油注ぎを求めよう。御言葉を教えたいか?聖霊様の油注ぎを求めよう。

聖霊様の油注ぎにどのような性質があるのかを2-13節のサウルの体験から学ぶことができる。2-13節。
第一に、聖霊様の油注ぎは、あなたに確信を与える。2-6節では、これからサウルが体験することをあらかじめ伝えている。特に2節で二人の人が「ろばは見つかりました」という報告は、サムエルがあらかじめ「ろばはもう見つかっています」と話していたことと一致する。未来のことを正確に予知するのは神独自の能力だ。このことから、サウルを王とするのは、主のご意思によるものであるという確証を得ることができる。あなたが聖霊の油注ぎを受けると、あなたは主があなたを用いようとしておられることに確信を持つことができる。

第二に、聖霊様の油注ぎは、必要なリソースを得られるようにする。9章の時点で、サウルはパンを持っていなかった。そして、4分の1シェケルの銀もサムエルに渡したのであれば、パンを買うお金すらなかっただろう。山をいくつも超えて家に帰ろうとすれば、疲れ果ててしまう。しかし、油注ぎの中には、必要な糧の提供も含まれている。サウルは家に帰る途中でパンを2個もらうことができた。1個はサウルのため、もう1個は従者のためだろう。主は、油注ぎを受けて主のために働く人の必要をすべて満たしてくださる。人からの援助を受けていない伝道者のもとに、不思議と食べ物が届いて尽きないということは良くある。主が送ってくださるのだ。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものは皆、加えて与えられる」と書いてあるように、食べるための心配をしなくてもよい。

第三に、聖霊様の油注ぎは、敵に対する勝利を与える。サウルは宿敵のペリシテ人の守備隊がいる町、つまり、敵の手に落ちている町にいるときに、主の霊を激しく受けた。これは、油注ぎの性質の中に、敵に対する勝利の力が含まれるということを暗示している。油注ぎによる権能は、霊的な戦いの中でこそ、発揮される。油注ぎを受けて、人々を苦しめている悪霊どもの権勢に対して、主イエス様の御名によって命令しよう。「主イエス・キリストの御名によってお前を縛る。出ていけ。二度と戻って来るな」と。

第四に、聖霊様の油注ぎは、霊的な体験を与える。これが最も重要な部分だ。サウルは、預言者の一団と出会った。彼らは何者なのかいぶかしんだ人が12節で「この人たちの父は一体誰だろうか?」とつぶやいている。父というのは、霊的な指導者のこと。19章を読むと、この預言者の一団の指導者がサムエルだということがわかる。サムエルの時代までは、主の言葉が臨むのは稀だった。しかし、サムエルの登場によってイスラエルの状況は一挙に変わった。サムエルは自分の霊的力を他の人々にも分け与えるべく、サムエル預言者神学校を作って、その指導をしたのだ。
預言者たちは琴、太古、笛、竪琴を持って演奏しながら預言していた。音楽は、聖霊様の力を体験する上で非常に効果的なツールだ。預言者エリシャも預言をするときに、楽器を演奏させることがあった。列王記下3:15。音楽が聖霊様の働きに不可欠というわけではないが、聖霊様の働きを体験しやすい雰囲気や心の状態を作る上で優れているのだ。だから、個人で祈るときにも、賛美の音楽をかけながら祈ることをおすすめする。私はここで祈っているときにも良く賛美CDを用いる。

この預言者の一団と接触すると、サウルの上にも主の霊、つまり聖霊様が激しく降った。聖霊様の力には伝染力がある。聖霊様が活発に働いている集会に行って聖霊様を体験することが多いのはそのためだ。集会に行かなくても、メッセージを聞くだけで力を体験することもある。アズサストリートでリバイバルが起こったときは、集会に参加していなくても、近くを通るだけで聖霊様の力で打たれて異言を語りだす人がいたと報告されている。リバイバリストが集会を開くと、直接手を置いて祈らなくても、会場で働く聖霊様の力に触れて倒れる人が大勢いることがある。私の友人でもそのようにして倒れた人がいる。そのような体験について、疑ったり、悪いイメージを抱いたりする人がいるが、まぎれもない聖霊様の力である。

サウルの上に聖霊様の力が降り、サウルも預言する状態になり、別人のようになった。サウルが預言するのを見た人々はびっくりしてしまい、それがそのまま「サウルもまた預言者の仲間か」ということわざになるほどだった。このときサウルにどんな預言が与えられたかはわからない。しかし、はっきりしているのは、主が直接自分に言葉を語るという体験をサウルはしたのだ。主が私に直接語られる!このような霊的な体験は大きな財産になる。サウルの場合、それは一時的な体験であって、預言者になったわけではないが、主はこの体験を通してサウルの心を新たにした。別人のようにした。油注ぎによる霊的体験は、主からの召命に耐えうる内的な変化を私たちの内に起こす。

第五に、聖霊様の油注ぎは、主と共にある自由を与える。7節。主は油注ぎを与えた人に、広範な自由裁量を与えてくださっているのだ。主はすべてを決め決めになさるのではなく、主と共にいる人に対しては信頼してまかせてくださっていることも多いのだ。それだけでなく、主が共におられると、主は私たちに御心のままに望ませてくださる。主が私たちに「こうしよう!」という思いを入れてくださる。だから、自分勝手なことをするのではなく、主の御心に適ったことをすることができる。そのように、主から来る思いを恐れず大胆に実行できる自由が、聖霊様の油注ぎによって与えられるのだ。
この「しようと思うことは何でも」というのはもちろん、あからさまに罪を犯したり、神に対するはっきりと不従順したりしてよいということではない。その一つの証拠として8節でサムエルから「七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう」という指示が与えられている。御言葉には決して逆らってはならないのだ。そして、油注ぎを受けていても、御言葉に逆らうことはあり得るので、高慢にならないように気をつけなければならない。

14-16節。サウルは慎重にふるまっている。好奇心をもってサムエルの預言を知ろうとする叔父に対して、王位のことはだまっていた。サムエルの「待ってください」という指示を受けて、控えたのだろう。

17-21節。主とサムエルは、サウルを選ぶことを決めておられた。ところが、ここでの選出方法はくじだ。くじであれば、普通は無作為に選ぶことになる。
それでも、主が意図された通りに、サウルが選ばれた。主は、あらかじめ選んでおられたサウルにくじがあたるように仕向けられたのだ。偶然に思われる事象をもすべて、主は支配しておられる。その主のご性質を利用して、ペンテコステの前までは、くじによって主の御心を知ろうとした。
ただし、ペンテコステ後の今はくじは使われない。今はくじではなく、聖霊様が直接私たちに語ってくださることを期待できるからだ。

22-23節。サウルは自分が選ばれるのを知っていたが、荷物の間に隠れてやり過ごそうとした。サウルは人前で立って目立ったり、人を見下したりするのが好きな人ではなかったのだ。そもそも自分が王になることを望んではおらず、使命から逃げようとした。「自分のような者は王にふさわしくない」という思いがあった。サウルには、モーセのように謙遜なところがあったのだ。サウルは逃げようとしたが、すぐに見つかってしまった。たとえ、積極的にやりたくない、無理だと思うことであったとしても、主からの召命であれば、逃げてはならない。私たちは信仰をもって引き受けて、全うしなければならない。

24-27節。高身長のサウルが立つと、まさしくイスラエルが望んだとおりの人物だったので、民たちはみんな喜んだ。サウルは公の場で王と宣言されたが、サウルは普通に自分の家に帰った。勇士たちはサウルに従った。しかし、サウルにはまだ王としての実績が何もないし、戦いで活躍したこともない。それで最初から批判的になって「こんな男に我々が救えるか」と侮る人々もいた。サウルに対する評価は分かれたのだ。いろいろ言われても、サウルは何も言わなかった。主が認めてくださり、油注ぎを受けていても、人からも認められるとは限らない。だからと言って、口で何を言ったとしても、説得力がない。私たちは主に用いられる実績を積むことによって反対者たちの口をふさいでいく者となろう。

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