マグニフィカトと呼ばれている賛歌です。
わたしの魂は主をあがめる[ルカ1:39-56]
【ノート】
39節。マリアはここで急いでエリサベトのところに行った。ガリラヤのナザレからユダの町までは100km以上の道のりがある。電車も車もない時代、何日もかかる旅だし、盗賊に襲われる危険もあった。しかし、マリアは急いだ。マリアはどうしてそんなに旅を急いだのか?マリアは聖霊様によって身ごもったという話を聞いたとき、「お言葉通り、この身になりますように」と信頼をもってこたえた。とはいえ、マリアが信じても、他の人が信じてくれるかどうかわからない。婚約期間中に子供を身ごもったとなれば、姦淫の罪を犯したとして石で撃ち殺されてしまう可能性がある。どうなるか心細かったに違いない。これからどうなるのか、不安なときどうすればいいのか?自分の信仰を励ますための行動に出ると良い。ここでマリアが行ったのは、御言葉が事実であることを確認することだ。ガブリエルは「親類のエリサベトも年を取っているが、男の子を身ごもっている」と言った。それは確認することができる。エリサベトについての御言葉が事実であれば、マリアも何らかの方法で守られ、無事に子供を産むことができるに違いない。信仰を持つことがなかなかできない人は、御言葉を確認しない人だ。よく調べも確かめもせずに否定してしまうのだ。御言葉をよく確認すれば、確かに神が書いたとしか思えないということがわかる。使徒17:11。私たちは御言葉について研究することと実践することを通してしっかりと確認し、信仰を深める者となろう。
40-44節。マリアの挨拶を聞いたとき、エリサベトの胎にいたバプテスマのヨハネがおどった。ヨハネはルカ1:15で母の胎にいるときから聖霊に満たされて書いてある。聖霊に満たされていると喜びのあまり踊り出す。バプテスマのヨハネというと、荒れ野で悔い改めを叫んでいた人なので、あまり喜び踊るというイメージがない。しかし、実際にはヨハネは母の胎にいたときから喜び踊っていた。そのような主にある喜びがあったので、荒れ野という厳しい環境での生活に耐えることができた。次に、エリサベトが聖霊様で満たされて「声高らかに言った」。年老いたエリサベトが声高らかに。大声で叫んだのだ。喜びが大きすぎて、小声で語ることはできない。声を抑えられない。聖霊様で満たされた人は年老いてもしかめっ面の気難しい老人になるのではなく、喜びのあまり大声で叫ぶ者となる。最後に、46-55節でマリアは賛美している。イエス様を身に宿しているマリアも当然聖霊様で満たされて賛美しただろう。聖霊様で満たされると賛美があふれ出るようになる。これが聖霊様で満たされるときに起こることだ。喜び踊り、大声で叫び、賛美があふれ出る。躍動感がある。しかも連鎖反応を起こしている。聖霊様を受けている人は喜びの油注ぎをシェアすることができるのだ。あなたが聖霊様に満たされて喜んでいることは多くの人に喜びを与えられる。
ここでマリアは挨拶しかしていない。まだガブリエルから聞いた話について何も話していない。ところが、エリサベトはマリアのことを「主のお母さま」と言っている。すべては聖霊様が悟らせたのだ。聖霊様が働かれると、会話する前からわかってしまう!挨拶を聞くだけで相手のことがよくわかってしまう。コミュニケーションというのは、よく言葉足らずだったり、意図がわからなかったりして行き違いや誤解が生じやすい。聖霊様で常に満たされているとコミュニケーションでの行き違いとか誤解がなくなるだろう。そこには御霊による一致が常にある。御国ではコミュニケーションでストレスを感じることはないだろう。みんな互いが互いを深くわかりあっている。「誰も自分のことをわかってくれない」といじける必要はない。誰もがわかってくれる。
ところで、マリアのことを「主のお母さま」と呼んでいるが、マリアが神の子であるイエス・キリストの母であれば、神の母なのか?そういうふうにマリア自身を神秘的な存在に考えるのは、もう偶像崇拝だ。もしマリアが神の母とするなら、人間が神を生んだということになる。しかし、実際にはイエス・キリストはマリアの胎に宿るよりもはるか前、永遠の昔から存在しておられた。ヨハネ1:1。人間が神を生むのがまさに世の中の宗教であって偶像崇拝だ。では、マリアはどういう存在なのか?単純に人間であるイエス・キリストの母であり、神であるイエス・キリストの母ではない。
人間であるイエス様のお母さまであるということだけでも、ものすごく祝福されたこと。キリストを生むということは当時のユダヤ人女性にとっての夢だった。42節で「あなたは女の中で祝福された方です」と書いてある。では、ほかには誰もマリアのような祝福を受けることができる人はいないのか?そんなことはない。誰でもこの祝福にあずかることができる。ルカ8:20-21。人々は単純に、イエス様の肉親がイエス様の家族だと思った。イエス様はそれを否定された。イエス様と家族の関係、最も近しい関係にするのは、御言葉を聞いて、信じて実践することだ!これは誰にでもできることだ。イエス様は御言葉を信じるクリスチャンを御自分の家族と呼ばれる。マリアについても、やはり賞賛されているのは、御言葉への信仰だ。45節。マリアのように主がおっしゃったことを信じる者は、みんなマリアと同じように祝福を受ける。
マリアはこのようにエリサベトに言われて確信に満ちあふれた。それで46-55節でマグニフィカト(わが魂は主をあがめる)と言われる賛美をささげている。これはサムエルを生んだ後のハンナの祈りと似ている。46-47節。ここでのあがめるというのは、大きくするという意味。神はもともと無限の方なので、それ以上神の存在を大きくすることはできない。ここでは私たちの魂、心の中で神を大きくするということ。私たちの心には空洞がある。それを、趣味や仕事で埋めようとしても決して埋められない。神を大きくするなら、その空洞が満たされる。神が自分に対してどのようなお方であるかを知る時、私たちの霊は喜び、心は満たされる。
48-49節は賛美の理由。私たちは何となく神を賛美するのではなく、神がしてくださったことを具体的に覚えて賛美するのが良い。マリアが賛美している理由は、まず身分の低い自分に目をとめてくださったことと、偉大なことをしてくださったこと。身分の高い低いというのは人間の社会での評価。神は人間の社会での評価にとらわれず、むしろその逆をいく。神が注目されるのは、憐れむべき人だ。身分の低い人は憐れむべき人なので、神が特別目をとめられやすい。あなたは、自分が社会から認められていないと思われるだろうか?そうであれば、あなたは神の目にとまりやすいという点で非常に有利だ。それゆえにハレルヤ、感謝と賛美をささげよう。神はあなたに目をとめてくださる。では、何によって神が目をとめてくださっていることがわかるのか?神が偉大なことをしてくださること、イエス・キリストを内側に宿すことによってだ。キリストが内に住んでくださっていることこそが、神が特別に目をとめておられる証拠。それゆえに主を賛美しよう。50節。今でも変わらず、神の憐れみは私たちに注がれている。
マリアは自分の身におきたことを世界全体にあてはまる。神の憐れみはすべての人に及ぶからだ。神の憐れみによって、すべての面で革命が起こる。神が弱い者の味方をするので、弱い者が強くなり、強い者が弱くなる。神の憐れみは3つの点で革命を起こす。第一に精神的な革命。51節。思い上がりというのは、自分を実際よりも大きくすること。神を自分の人生から押しのけ、自分が神であるかのようにふるまう。「キリスト教は弱者の宗教だから、自分には関係ない」と。そういう人は神に打たれて自分の弱さを学ばされる。そして、へりくだる人は高められる。
第二に社会的革命。52節。すべての権威は神によって立てられた。だから、ふさわしくなければ神はそれらの権威を倒し、ほかの者を立てることができる。サウル王を倒し、羊飼いのダビデを立てたように。ポジションには特権だけでなく責任が伴うということを忘れてはならない。私たちは各々与えられているポジションに応じて、神と人に仕えていかなければならない。
第三に経済的革命。53節。貧しさというのは最も不幸なことだと思われていた。アブラハムのように金持ちなことが祝福だと思われていた。ところが、主にあって、貧しさは非常に良いことになる。人間は大変な状況にならないとなかなか神に求めない。貧しい人は、神に頼り、神に求める。そういう人は良いもので満たされる。ここでいう良い物というのは、聖霊様も含まれるだろう。
こうして主はすべての人を公平に扱われる。持たざる者は、代わりに主の憐れみを受けられる。
54-55節。これらは人間による暴力革命ではなく、あくまでも神の憐れみと真実さに基づく御業であることを覚えておかなければならない。神の御心を取り違え、自分の実力で、幻を成就しようとした人々は過去にいたが、みんな滅びた。また、神がすべてを逆転なさるということは、神の憐れみによって高められた者は思い上がって、また落とされないように気を付けなければならないということ。そして、高いところから落とされた人も、神の憐れみによってもう一度主によって高められるチャンスがあるということを覚えて、絶望してしまわないようにしたい。
56節。おそらくはエリサベトの出産が近くなったので、負担をかけないようにという配慮だろう。3か月の良いの交わりのときを持ち、信仰の励ましを受けた後、マリアは家に帰った
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