エン・ハコレ[士師記14-15章]

士師記
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サムソンは人格的に未成熟で、多くの過ちを犯しましたが、賜物を正しく用いた人でした。
主はサムソンの祈りを聞いてくださいました。

エン・ハコレ[士師記14-15章]

エン・ハコレ[士師記14-15章]

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【ノート】
サムソンは能力を怪力に全振りしたような人。サムソンは聖霊様によって超人的な怪力が与えられた。しかし、サムソンを見ると人格的には幼い。子供っぽい性格で思うがままにふるまっている。聖霊様の賜物が豊かに与えられることと聖霊様の実によって人格が成熟することは何の関係もないということがよくわかる。最も聖霊様の賜物を受けた人が最も聖霊様の実を結ばないということはありうる。賜物を受けている人は、実を結ぶことについても関心を持たなければならない。

1-4節。サムソンはペリシテ人の娘が好きになって妻にしたがった。当時は父親の許しなしには結婚できなかったので、サムソンは両親に頼んだ。両親は反対した。「無割礼のペリシテ人」とあるが、割礼によって主なる神と契約を結んでいないという点が問題だった。これはクリスチャンとノンクリスチャンが結婚しようとするようなものだ。両親が反対するのは当然だった。しかし、サムソンは聞く耳を持たずに、「好きです」という理由で結婚させてほしいと頼みこみ、ついには父親が折れた。サムソンは相手が自分にふさわしい女性なのか、その女性と結ばれることは信仰にとって良いことか、価値観が合うか、性格や相性が合うか、家族ともやっていけるか、そういうことを全然考えもせず、とにかく「好きです」だ。自分に合う人を探す忍耐が欠けていて、肉の欲のままに結婚しようとした。そういう結婚は破綻しやすい。忍耐せずに結婚したら結婚生活でも忍耐できないのだ。実際にこの結婚は婚宴の段階でさっそく破綻してしまった。「好きです」だけでなく、結婚相手を探すときには忍耐と思慮深さが必要だ。好きは肉の欲だが愛は忍耐強いから始まる。
サムソンの娘に対する好意というのは、サムソンの肉的な思いから出たものだ。明らかに良くない。ところが、4節には「主がペリシテ人に手がかりを求めておられる」と書いてある。主はサムソンのペリシテ人の娘に対する好意をきっかけにペリシテ人に大打撃を与えようとしておられたのだ。主は人間の肉の思いすら用いて救いの御業を成し遂げられるのだ。

5-9節。サムソンはほえたける獅子を簡単に倒すことができた。5節で「主の霊が激しく彼に降った」と書いてある。ほかの士師についても、主の霊が働かれることがあった。オトニエルとエフタとギデオンにも主の霊が臨んだ。しかし、主の霊が激しく降ったと書いてあるサムソンについてだけだ。サムソンについてだけ、度合が違ったわけだ。そして、ほえたける獅子といえば悪魔のことだ。Ⅰペトロ5:8。聖霊様の力を豊かに与えられたクリスチャンは悪魔と真っ向からぶつかれば簡単に倒すことができるということ。ただし、だからといって、無敵というわけではない。真っ向勝負に強くても、他の部分で弱いということはある。サムソンの場合は肉の欲に弱く、特に自分が好きな女性に弱かった。悪魔は真っ向勝負で勝てない場合はそういう弱点をついた攻撃をしてくる。

サムソンは獅子の死骸から蜜をとった。死体に触れると汚れるということはモーセの律法に繰り返し書いてある。イスラエルの誰もが守らなければならない教えだ。ましてやナジル人として一生涯献身するサムソンは死体に触れることを避けなければならなかった。しかし、サムソンは蜜の甘い誘惑に勝てず、食べてしまい、両親にまで渡してしまった。罪の反対は蜜。罪は蜜のように人を誘うもの。しかも、一人で終わらずに他の人を巻き込んでしまう。サムソンは肉の欲に弱く、忍耐力がなかった。

サムソンは獅子を倒したことも獅子の死骸から蜜をとったことも黙っていた。死骸から蜜をとったことは起こられるかもしれないが、獅子を倒したことは話してもよさそうだ。黙っていたのは一々説明するのが面倒だと思ったのだろう。サムソンにはこういう個人プレイが目立つ。サムソンは他の人と協力して事を進めることができない。自分一人の力ですべて何とかなるという思い上がりもあっただろう。それもサムソンの弱さの一つだ。クリスチャンは個人主義に陥るのではなく、教会で、チームで、互いの弱さを補いあって主に仕えるように召されている。協力しようとすれば面倒なこともあるが、その労を惜しまず、教会としての勝利を目指す私たちになろう。

10-20節。サムソンは、ペリシテ人の娘と結婚したので、ペリシテ人の街で婚宴を開いた。婚宴にはペリシテ人が30人列席したが、みんなペリシテ人の娘の一族で、サムソンの友達は一人もいなかった。イスラエル人とペリシテ人はお互いを嫌っていたので、あえてサムソンの婚宴に出席するイスラエル人はいなかったのだ。婚宴はめでたい席のはずなのに不穏な空気がただよっていた。30人のペリシテ人はサムソンを経済的に苦しめるかのように、婚宴で七日間飲んだり食べたりする。それがサムソンにはつまらなかっただろう。本来なら婚宴の席でなぞかけを挑戦するというのは大変失礼なことだが、サムソンはそれをした。七日間飲み食いするペリシテ人からせめて服でも奪おうとしたのだ。サムソンのなぞかけと答えは、日本語ではよくわからないが、ヘブライ語ではリズミカルな3つの単語が二行続く形式になっている。食べる者、強いものというのは獅子のこと。食べ物、甘いものというのは蜜のことだ。これはサムソンが個人的に経験したことなので、誰にもわからない!サムソンも自分が勝つ自信があったので、賞品の麻の衣と着替えの衣を用意していなかった。

ところが、30人の客人はサムソンの妻を脅迫してなぞかけの答えを聞き出そうとする。悪魔は弱点をついて攻撃してくるということ。もしサムソンと妻の間にある程度の信頼関係が築けていれば、二人で協力して難局を乗り越えるということもできたかもしれないが、そういうものはなかった。サムソンの妻は同族の方に味方して、しつこくせがんでなぞかけの答えを聞き出して、同族の人々に明かした。サムソンが負けたのだ。しかし、これも主のご計画の一部だった。怒ったサムソンは賞品の麻の衣と着替えの衣30着を調達するためにペリシテ人の街のアシュケロンに行って、そこで30人を打ち殺した。結果的にペリシテ人に打撃を与えたのだ。また、結婚が破綻したことでサムソンがペリシテ人に取り込まれることはなくなり、ペリシテ人とサムソンの間に深刻な対立が生まれるきっかけになった。主の不思議な計画の中にあるとき、負けることすらも救いにつながる。

1-5節。小麦の収穫のころというのは5月頃。ペンテコステの時期だ。サムソンはなぞかけに負けて怒りのあまり自分の父の家に帰り、妻をほったらかしにしていた。無責任な態度だ。しかし、気を取り直してティムナの妻のところに行った。そしたら、すっかり娘を嫌ってしまったと思った妻の父が、妻を婚宴の客の一人に与えてしまった。ショックを受けたサムソンはペリシテ人に対する報復として、ジャッカル300匹をつかまえてそのしっぽに松明をつけて畑に放った。それで収穫前の麦畑や収穫した麦、ぶどう畑とオリーブの木がみんな焼けてしまった。サムソンの怪力があればジャッカルを捕まえることもできるだろう。しかし、300匹もジャッカルがいるか?ここでのヘブライ語はきつねと訳されることも多い言葉が使われている。サムソンがつかまえたのは300匹のきつねだったかもしれない。

6-7節。婚宴のときに脅迫したことを実践したのだ。8節。サムソンが報復してペリシテ人がサムソンの報復に対して報復して、サムソンがペリシテの人のサムソンの報復に対する報復に対して報復している。復讐の連鎖が止まらず、どんどんエスカレートしている。サムソンは街ではなく、エタムの岩の裂け目に住んだ。ペリシテ人の報復によって、自分の家族やイスラエルの街に被害が及ぶのを防ぐためだ。

9-10節。ペリシテ人はサムソンと直接戦おうとせず、ユダの人々に向かって陣を敷いた。サムソンが恐ろしかったからだ。それでユダの人々を利用することにした。

11-13節。ユダの人々は、なりゆきでとはいえペリシテ人と一人で果敢に戦うサムソンを責めた。サムソンを英雄としてたたえて、指導者として立ててイスラエル全体でペリシテ人と戦えば良いのに、そうしなかった。
ユダの人々は長年ペリシテ人に支配されたため、支配されるのが当たり前になっていた。奴隷根性がしみついていた。ペリシテ人の支配の時代には、イスラエルの人々が主に助けを求めて叫んだという御言葉が出てこない。みんな主に助けを求めすらせず、苦しい状況にあることをあきらめて受け入れてしまっていたのだ。ペリシテ人に立ち向かうことは思いもよらず、立ち向かおうとする人を逆に叩く始末だ。そういう教会がある。そういうクリスチャンがいる。悪魔に支配されるのが当たり前になってしまっているので、悪霊の追い出しをしようとすると「カルトだ」と非難したり、熱心に伝道しようとすると「熱狂的になりすぎている」とやめさせようとしたり、聖霊様の働きがあると「悪霊から来るものだ」とか「異端だ」と中傷したりする。私たちはそういうものになってしまってはならない。熱心に戦っている人々を指さすのではなく、尊敬し、応援し、協力し、共に戦うべく立ち上がる者にならなければならない。
サムソンは、その気になりさえすれば、3000人のユダの人々を力づくで追い払うこともできた。しかし、サムソンはユダの人々に危害を加えていないし、ユダの人々の立場を理解して、あえて縛られてあげた。サムソンは乱暴なイメージがあるが、誰に対しても暴力をふるったわけではなく、敵と味方の区別がついていたのだ。サムソンには怪力の賜物が与えられていた。その他のいろいろな点で欠けているところの多いサムソンだが、この怪力の賜物は主の御心に適った方法でのみ用いた。イスラエルの人々に対しては用いず、ペリシテ人を倒すためだけに用いた。私たちは自分に与えられている分だけ要求される。その点でサムソンは神からの召しに応え、賜物を正しく用いた士師だった。

14-17節。16節の「ろばのあご骨で、ひと山、ふた山」というのはヘブライ語では語呂合わせになっている。ろばがハモール。ひと山、ふた山がハモール、ハモーラーサーイムだ。

18-19節はサムソンの祈り。サムソンは長時間の戦いと暑さによって喉が渇いた。どんなに強い人であっても飲まず食わずではすぐに死んでしまう。そこで、サムソンは水を求めて主に祈った。まず、サムソンは主が勝利を与えてくださったことを認めて、主に栄光をお返ししている。その上で、喉の渇きを訴えている。主はサムソンの祈りに答え、水を湧きださせた。サムソンはその水を飲んで元気を取り戻した。この元気を取り戻すという言葉は、直訳では霊を取り戻すだ。つまり、単に喉の渇きを潤す水を飲むことではなく、霊的な力の回復のための命の水をも意味するのだ。主のための働きをすれば、消耗する。奉仕をいっぱいして疲れるのは当たり前だ。そういうとき、いつもエン・ハコレ、祈る者の泉があることを忘れてはならない。私たちが祈るなら、主は霊的な力を回復してくださる。新たな力を与えてくださる。それはイエス様が約束してくださっていることでもある。ヨハネ4:14。霊的な力を失っているだろうか?祈ろう。霊的な力を回復しよう。

20節。サムソンの存在はペリシテ人にとって大きな脅威となった。20年間も、サムソンはペリシテ人をおさえ、うかつにイスラエルに手出しできないようにした。その間もサムソンとペリシテ人の間には小競り合いがあっただろう。戦うたびにサムソンは消耗し、喉が渇いたに違いない。そのたびに、サムソンは祈りによって力を回復することができただろう。20年間、祈る者の泉は尽きなかった。

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