永遠の片想いを耐え忍ぶ

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今年に入って祈りのリクエストを募集するようになってから、「天気の祈りが聞かれた」という声をたくさんいただきました(^▽^)

信仰を持って主イエスの御名で祈れば誰でも同じように聞かれますので、ぜひ実践してみてください。

天気について答えられた人から「恋を叶えることはできますか?」という質問をいただきました。

恋!私自身まったくうまくいった試しがないのにほかの人のために祈って答えられるだろうか?(>_<;)

なんと返信したものか(´⌒`)

神様は恋を叶えることができるかというと当然できます。

神様は結婚の創始者であり、恋愛をゴールまで導くのは御手のものです。
あれこれ思案していると、主がささやかれました。
「あなたがほかの人を祝福しないから私もあなたを祝福できないのです。」

主よ、待ってください。この前勇気を出して友人の結婚式に参加したではありませんか!(´ヮ`;)

心から祝福していないということでしょうか?

悔い改めてその人の恋愛がうまくいくように心をこめて祈りました(-人-)この祈りは答えられるでしょう。

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永遠の片想いを耐え忍ぶ

さて、神様御自身の恋愛事情はどうなのでしょうか?(^▽^)

実は神様もあまりうまくいっていませんΣ(゚д゚;)

「いやいや、そもそも神様が恋愛するの?」とツッコまれそうですね。
神様は人間とまったく同じようには恋愛しませんが、雅歌では神様の愛が男女の恋愛を通して啓示されています。

主は恋人のように私たちを愛されるのです。

でも多くの人が主の愛に答えずに一生を終えてしまいます。
主は紳士的な方なのでそういう人たちを無理に御自分のものにすることはありません。

しかし、主は片想いの苦しみをいつも抱えておられるのです。

どうしてそのような苦しみに耐えることができるのでしょうか。

主は永遠の未来までも知っておられる方です。
その人が最後の最後まで御自分を受け入れないこともご存知です。
それでもその人を愛しておられるのです。

主は最後の晩餐の席でユダの足を洗いました。
ユダを愛しておられたからです。
その後その足で御自分を裏切りに行くことを知っていながら足を洗ったのです。
どうしてそんなことができるのでしょうか。

主の愛に答える人はいますが、主が私を愛する愛に比べたら私が主を愛する愛なんてちっぽけなものではないでしょうか。何せ主の愛は無限大ですから。

だから、主はいつも御自分が愛する愛と同じレベルでの愛の応答を受けずにいるのです(´・_・`)

それでも私が主を愛することを主は感動され、大喜びされますヽ(*´∀`*)ノ

私の魂よ、主を愛せよ。私の心よ、主を愛せよ!

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