外套を投げかける

エリヤとエリシャ
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エリヤはどうして無言だったのでしょうか。
この箇所からどのように召命を受け取り、応答すればよいのか、知ることができます。

外套を投げかける

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【ノート】
■エリヤが鬱になってホレブ山に行った時、神は御声で回復を与えた。その時の指示は人を立てること。エリシャをエリヤに代わる預言者にする。神の御心は弟子訓練にある。あるスーパーヒーローのような神の器が立てられて、その人が天に召されるとすべてが終わるのは御心ではない。賜物、務め、働きは永続していき、受け継がれていかねば。預言者は後継者を育てる方法が独特でイエス様と違うところもあるが、ここから学ぶことも多い。

■列王記上19:19。エリシャは一生懸命働いている中で召された。十二軛。卓越した知恵と技術を持った人。資産家のような人。どうすればより効率よく農業ができるか研究を重ね、成果を最大化していた。神はそういう人に目をとめ、教えれば悟り、実を結ぶだろうと信頼する。ルカ16:10。召しは、遠くを眺めてぼーっとしている人ではなく、今いる場所で最善を尽くしている人に与えられる。非常に裕福な人だった。牛はトラクター12台。エリヤについていくとなると順調なビジネスをあきらめなければ。生活を変える覚悟。マルコ10:29-30。より多く捨てた者がより多く報酬を受ける。エリシャは多く捨てただけに報酬が大きかった。十二軛は十二部族を代表する預言者として用いられる。大きな器。エリヤは「外套を投げかけた。」何も言わない。服はずっと着ていると体の一部のよう。エリヤの外套はエリヤを包むためのもの。それをエリシャに渡すということはエリシャがエリヤになる。エリヤの霊と力を受け継ぐということ。

■列王記上19:20。エリシャは意味を悟った。エリヤは何も言わないし、エリシャがしたいようにさせる。なぜ何も言わない?召命は、自分で神様から聞いて悟り、自分で決断しなければならない。人が頼んだり、命令したり、交渉したりするものではない。エリシャはそれなりのスピード感で従った。エリヤのやり方が、イエス様が弟子をとるのと違うのはなぜ?ルカ9:57-62。言い訳を許さず、過酷でも、ただちに従う。召命は自分神様から聞いて悟り決断。イエス様は神様。神様はあなたに即座に、徹底的に従うことを求める。イエス様はあなたの召命について何を語っておられるか?預言者に教えてもらおうとしてはならない。ヒントは与えられる。自分で聞いて悟り、決断する。

■列王記上19:21。牛を屠ってふるまった。牛はビジネス道具。それを屠るというのは、ビジネスを神様にささげること。ペトロが網を捨てたのと同じ。後戻りしないことを示すための献身の儀式のようなもの。背水の陣が決死の覚悟で戦わせる。必要ならあなたもこれをしよう。水のバプテスマ、教会への入会、古い生活のものの処分。フィリピ3:13-14。ひたすら前のものに全身を向けて召命に取り組もう。エリシャはエリヤに仕えた。手取り足取り教えてもらう弟子になったのではなく、僕になった。僕は主人の近くにいて命令を受ける特権がある。命令は祝福。雑用であれ給仕であれ主人がやりたいことを自分が代わりにさせていただける。その延長線上に後継者がある。忠実に仕える者こそ、力を受けられる。

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