信仰のパウロVS行いのヤコブ

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聖書を読んでいると誰でもぶつかる問題があります。
それは使徒パウロと主の兄弟ヤコブの手紙が信仰による救い、行いによる救いという真っ向から対立することを主張していることです/(^o^)\

この問題に悩むのは当然のことで、宗教改革者のマルティン・ルターでさえヤコブの手紙の内容を受け入れられず、「藁の書」と呼んで聖書から除外しようとしたほどです。

ある人はパウロ派に、ある人はヤコブ派になるということが今日でも起こっています。
パウロとヤコブがリングの上で戦ったらどうなるのでしょうか?(゚O゚)

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信仰のパウロVS行いのヤコブ

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【聖書箇所】
ローマの信徒への手紙3:28
なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰によると考えるからです。

エフェソの信徒への手紙2:8-9
8 事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。
9 行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。

ローマの信徒への手紙4:2-3
2 もし、彼が行いによって義とされたのであれば、誇ってもよいが、神の前ではそれはできません。
3 聖書には何と書いてありますか。「アブラハムは神を信じた。それが、彼の義と認められた」とあります。

ヤコブの手紙2:14-26
14 わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。
15 もし、兄弟あるいは姉妹が、着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき、
16 あなたがたのだれかが、彼らに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と言うだけで、体に必要なものを何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう。
17 信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。
18 しかし、「あなたには信仰があり、わたしには行いがある」と言う人がいるかもしれません。行いの伴わないあなたの信仰を見せなさい。そうすれば、わたしは行いによって、自分の信仰を見せましょう。
19 あなたは「神は唯一だ」と信じている。結構なことだ。悪霊どももそう信じて、おののいています。
20 ああ、愚かな者よ、行いの伴わない信仰が役に立たない、ということを知りたいのか。
21 神がわたしたちの父アブラハムを義とされたのは、息子のイサクを祭壇の上に献げるという行いによってではなかったですか。
22 アブラハムの信仰がその行いと共に働き、信仰が行いによって完成されたことが、これで分かるでしょう。
23 「アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた」という聖書の言葉が実現し、彼は神の友と呼ばれたのです。
24 これであなたがたも分かるように、人は行いによって義とされるのであって、信仰だけによるのではありません。
25 同様に、娼婦ラハブも、あの使いの者たちを家に迎え入れ、別の道から送り出してやるという行いによって、義とされたではありませんか。
26 魂のない肉体が死んだものであるように、行いを伴わない信仰は死んだものです。

ガラテヤの信徒への手紙2:9
また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、わたしとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。それで、わたしたちは異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに行くことになったのです。

ペトロの手紙二3:15-16
15 また、わたしたちの主の忍耐深さを、救いと考えなさい。それは、わたしたちの愛する兄弟パウロが、神から授かった知恵に基づいて、あなたがたに書き送ったことでもあります。
16 彼は、どの手紙の中でもこのことについて述べています。その手紙には難しく理解しにくい個所があって、無学な人や心の定まらない人は、それを聖書のほかの部分と同様に曲解し、自分の滅びを招いています。

ローマの信徒への手紙3:7-8
7 またもし、わたしの偽りによって神の真実がいっそう明らかにされて、神の栄光となるのであれば、なぜ、わたしはなおも罪人として裁かれねばならないのでしょう。
8 それに、もしそうであれば、「善が生じるために悪をしよう」とも言えるのではないでしょうか。わたしたちがこう主張していると中傷する人々がいますが、こういう者たちが罰を受けるのは当然です。

ガラテヤの信徒への手紙5:19-21
19 肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、
20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、
21 ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。

コリントの信徒への手紙一1:12-13
12 あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。
13 キリストは幾つにも分けられてしまったのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか。

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