二倍の霊

エリヤとエリシャ
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エリヤに僕として従い、仕えていたエリシャに、後継者として立てられるための最後の試練が訪れます。必要なことは一つだけ、とことん、エリヤだけを見て、エリヤだけについていくことがです。

二倍の霊


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【ノート】
■列王記下2:1。神は人を生きたまま天に上げる方。携挙。Ⅰテサロニケ4:16-17。過去に何度も起きているし、これからも起こる。なぜ生きたまま天に上げられる?地上での使命を果たしたから。地上は神の人にふさわしくないし、国籍は天、天に所属。それでも地に遣わされているには使命があるから。なくなったら天に上げられればいい。もうこれ以上大宣教命令を遂行しなくていい。エリヤはエリシャを後継者として立てていない。あげられる直前にこれをする。

■列王記下2:2。「あなたはここにとどまっていなさい」。あれ、とどまっていたら後継者として立てられない。なぜこんなことを言うのか?召命の時と同じ。預言者の弟子はただ表面的な言葉ではなく、自分で神に聞いて判断しなければならない。神はエリシャに「エリヤについていきなさい」と言っていた。それを聞けるかの試練。エリシャはエリヤについていくように召されていた。とことんついていく。仮に、突き放されてもしがみつく。最後の試練。エリシャは聞けていた。主とエリヤが生きている限り、離れずついていく。神が立てている人についていくことは聖書的。主が来られる前に、ヨシュアは目に見えるモーセに、エリシャは目に見えるエリヤについていった。主が地上におられた時、弟子たちは目に見えるイエス様についていった。主が天に上げられた後、テモテは目に見えるパウロについていった。いつの時代も。目に見える人に従う=目に見えない神に従う。ヨハネ13:20。イエス様が遣わす者に対する態度が、イエス様に対する態度。自分に遣わされている人、たいていは自分の教会の牧師だが、とことん従うことだ。

■列王記下2:3。預言者の仲間に話しかけられたが、エリシャは会話をしようとしない。詳しく話を聞こうとしたり、預言を受けようとしたりしない。「黙っていてください」として会話を終わらせる。エリシャの主人はエリヤだからだ。僕は、主人に従い、仕えることに集中して他の人の方になびかない。預言者たちも「あなたの主人」として知っていた。エリシャの主人がエリヤであり、その僕として仕えていることはよく知られていた。エリシャは召命を受けた時、エリヤに従い、彼に仕えたと書いてある。雑用をした。エリヤの僕になった。僕として仕えるとはどうするものなのか。エフェソ6:5-7。キリストに仕えるように主人に仕える。僕は、主人に従い、仕えることに集中していて、他の人の教えを聞く暇がない。YouTubeでいろいろな先生をとっかえひっかえしない。いろいろな教えを聞いて良いとこどりするとバランスよく知識を得て成長する?従うものとして聞けない。興味本位やただの知識に過ぎない。御言葉は命令として受け取らないと祝福にならない。Ⅱテモテ4:3-4。エリシャのように一心不乱に従う者となろう。

■列王記下2:4-6。何度か揺さぶり。エリヤの言葉も、エリシャの言葉も変わらない。神の言葉は変わらない。神の言葉に従順する者の言葉は、場所が変わっても変わらない。揺るがされない。どんな場所や環境でも同じように恵みに満ち溢れ、神の命に生きる。力と権威がある。アメリカでも、アフリカでも、日本でも、神の言葉を持っているなら、救いも奇跡も同じように起きる。

■列王記下2:7-8。預言者たちは途中までついていった。ヨルダンの乾いたところを渡るのは、エリシャにしか許されなかった。僕として仕える者だけが、エリヤが歩む奇跡に領域にもついていくことができる。

■列王記下2:9-10。「あなたのために何をしようか。何なりと願いなさい。」エリシャが願いを言う前に。これが神の御心。イザヤ65:24。願う前からかなえてくださる。祈らない祈り。一心不乱に従い、仕える者への報酬として与えられる。エリシャはエリヤの霊の二つの分を願った。長子権のこと。申命記21:15-17。エリヤの霊的な遺産のすべてを願った。子供でなければ長子権が得られない。それで「難しい願いをする」という。血のつながりがなくても子供になる方法がある。エリヤを見ればかなえられる。ヨハネ5:19-20。子は父を見て父のなさる通りに行う。

■列王記下2:11-12。天からのお迎えは火の戦車。リムジンのようなもの。神の子は丁重なお迎えを受ける。「わが父よ、わが父よ」霊的親子関係の成立。僕として仕える後に成立する。自分の衣を引き裂いた=それまでの状態に戻ることはない。永遠の変化。

■列王記下2:13-15。エリヤの外套を着る=エリヤと同じ霊を持つ。エリシャは子としてエリヤが水をわけたのを見たので、できる。実際にある。私も癒しができるようになった。力ある業に用いられた人々の多くが霊的親からマントを。預言者たちはエリシャにひれ伏した。ヨハネ5:23。父を敬うことと子を敬うことは同じ。霊的子としてレプリカを作るのが究極の弟子訓練。イエス様の大宣教命令はこれをすること。従い、仕えることで、神の人からマントを受け取ろう。

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