ベストを尽くす

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多くの人がベストを尽くさない現代の日本・・・唯一の希望はベストを尽くすことを神から命じられているクリスチャンです!( ᐛ )و

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【ノート】
ベストというのは一番良いことだ。ベストを尽くすというのは、自分の持てる最高のパフォーマンスを発揮しようと最大限の努力することだ。多くの人はベストを尽くさない。仕事でも勉強でも、手を抜いたり、さぼったりすることがある。なぜならベストを尽くそうとすると疲れるからだ。疲労困憊になる。しかし、ベストを尽くせば当然のことながら手抜きをするよりももっと良い成果が得られる。だから、私たちがベストを尽くそうと思うとき、そこには強力なモチベーションが必要だ。ある人は、お金、出世、人からの賞賛を求めてベストを尽くす。現代の日本では、残念ながらそんなに気合の入った人は多くない。ひと昔前と違って大変な苦労してまでお金を稼ぎたいとか、出世したいというハングリー精神を持った人が少ないのだ。これは統計的な裏付けがある。パーソル総合研究所が2019年に行った調査によるアジア太平洋地域の14か国で働く人の中で、「あなたは、現在の会社で管理職になりたいと感じますか」という質問に対して日本はそう思う、ややそう思うと答えた人が全体のたった21.4%、断トツで最下位だ。最下位から二番目のニュージーランドが41.2%なので、20%も溝をあけられている。ちなみに1位はインドの86.2%。また、会社で出世したいという人も断トツで最下位、勤務先以外で学習や自己啓発といった自己研鑽を行っている人も断トツで最下位。現状維持でとどまろうとする人が圧倒的多数派なのだ。管理職を目指したい人よりも食べていけるだけの給料が得られればそれでよいとする人がほとんどだ。日本の未来は暗い!それが現代の日本の状況だが、希望はある。日本にはわずかながらクリスチャンがいる。クリスチャンは世の中の人と違った原則で生きる。いまは数が少なくても地の塩、世の光として日本全体に影響を与え、日本を変えることが可能である。あなたはクリスチャン?そうであればあなたが日本の希望だ!
神はクリスチャンに何事においてもベストを尽くすように命じておられる。聖書の中で最も重要な戒めは何か。マタイ22:37-38。心、精神、思いを尽くして私たちの神である主を愛することが最重要命令だ。つまり、私たちの全存在、全生活について、ベストを尽くして神を愛するのだ。その中には仕事、勉強、家事、人間関係などあらゆることが含まれる。あなたは神を愛しているか?あなたはベストを尽くしているか?
イエス・キリストが御自分の身をささげてくださったように、私たちはこの人生を神にささげるように召されている。レビ記によると、神への献げ物は大きく5種類出てくる。人間が神に近づく道のりの順にあげると、賠償の献げ物、贖罪の献げ物、和解の献げ物、穀物の献げ物、そして最後が焼き尽くす献げ物だ。焼き尽くす献げ物は献身をさしている。私たちの人生のすべての領域について、ベストを尽くして神にささげるのだ。あなたは神に献身しているか?あなたはベストを尽くしているか?
ベストを尽くすクリスチャンは必然的にどこにおかれていても最も優秀な人々となる。アメリカの大学では成績優秀な学生は軒並み敬虔なクリスチャンだ。日本でもソニー、ヤマザキ製パン、パイオニア、ライオン、森永製菓の創業者はクリスチャン。もちろん、単純な成績や点数、肩書だけではかれないこともあるだろう。何にせよクリスチャンはそのように生き方を通して神を力強く証しすることができる。
そして、ベストを尽くすのはいつか、そのうち、将来ではなくいまだ。いまが本番だ。いま置かれている場所でベストを尽くしている人が神に用いられる。ダビデはベストを尽くして、羊飼いをしていた。野獣たちから命をかけて羊の群れを守っていた。エリシャも十二弟子の中心のペトロとヨハネとヤコブも世の中の仕事を一生懸命やっているときに神に呼ばれた。
しかし、ベストを尽くすといっても具体的にどうすればいいのか?ここでは特に仕事について取り組む姿勢を具体的にあげていこう。

第一に、全力を尽くす。自分の持つ知識、集中力、体力、精神力の限りを尽くして取り組むということ。族長のヤコブはベストを尽くしてラバンのもとで羊飼いをした。創世記31:6。その結果わずかだった羊の群れを増やすことができた。全力を尽くして働くこと、これが大前提として必要なことだ。業務に全力で取り組むと期限よりもかなり前にタスクを消化し、目標達成することが可能になる。そういう場合、余裕があるから手を抜くのではなくて、普段余裕がなくて後回しになっていた業務に着手する。余力を残しているようでは全力を尽くしていることにならない。さらに前倒しで先の期限の仕事に着手する。ほかの人の仕事をフォローする。
また、グループ内で新しいプロジェクトを誰が担当するか決める場があれば、よほど業務が多くてパンク状態になっていない限り、積極的に手をあげる。新しい仕事について、どうすればいいかわからないときは、人に聞くか、マニュアルに聞くか、検索エンジンに聞けばたいていわかるので大丈夫だ。新しいことにどんどん挑戦することで人は成長することができる。
グループの中でリーダーシップを取って調整してくれる人がいなくて業務が滞っている場合はリーダーに文句を言うのではなく、あなたがそれをする。リーダーの伺いをたてた上であなたがリーダーでなくてもリーダーシップを発揮するのだ。そうすればそのうち肩書もついてくるようになる。あとは、オフィスの掃除とか、備品・ファイル・書類の整理・承認の取り付けとかこまごまとしたこともぬかりなく行う。ほかの人が面倒くさくてやりたくないことを率先して行うのだ。マルコ10:43-44。

第二に、上の人に従う。神の国は民主主義国家ではなく、王国であって、縦割り社会だ。すべての権威は神が立てたものである。権威を立てるのも倒すのも神がなさることだ。悪しき権威は神が倒すだろう。歴史はいつもそうなってきた。私たちは基本的には上の人に従わなければならない。あのイエス様から僕を癒していただいた百人隊長はそのことをよくわきまえていた。マタイ8:9。イエス様は百人隊長の信仰をいままでイスラエルの中でさえこれほどの信仰は見たことがないとほめた。すばらしい信仰の持ち主は権威を心得ている人だ。権威を重んじる人が権威を行使することができるようになる。それは御国でも世でも共通のことだ。上の人が認めない方法でベストを尽くしたとしてもそれは独りよがりのものとなる。だから、上の人に対しては尊敬の念をもって喜んで従うことだ。コロサイ3:22-23。もちろん、私たちの主はイエス・キリストなので、神の国の原則に反することを要求されたら避けるようにすることは言うまでもない。まずは会社や部署に定められた目標を自分の目標とする。そして、面倒だったとしても重要な決定をするときはグループのリーダーや上司に相談し、その意向を確認してから進める。その際、リーダーや上司と意見が食い違うかもしれない。折り合いがつきそうになければ、私たちは当然自分の意見は破棄して、リーダーや上司の意見に喜んで従わなければならない。
第三に、知恵を尽くす。仕事中毒でほかのことがおろそかになってしまうことは神の御心ではないので、すべてを効率よく行って早めに帰ることが望ましい。詩編127:1-2。神との交わり、兄弟姉妹との交わりの時間を豊かに持つ。ゆっくり休息をとる。それも必要なことだ。落ち着いた生活をすればさらに全力で仕事にも取り組め、良いサイクルが生まれるだろう。そのために、知恵を尽くすこと、工夫をすることが求められる。知恵は神がくださる。ヤコブ1:5。聖書を読む中で、祈る中で、神からのインスピレーションが与えられて、新しい発明をしたり、問題解決をしたりすることはよくある。創造性に富んだ働きをしよう。効率よく業務をするためにタスク管理をしっかり行おう。タスク管理さえしっかりできていれば仕事が山のようにあっても一つずつ消化できる。少しでも業務改善ができることがないか考え、実践しよう。いつも行っているやり方が非効率であれば手順を思い切って変える。いつものやり方というのは最善のやり方だとは限らず、前例踏襲で何となくいつも行われているだけに過ぎないことが多々ある。毎回どうすればいいかわからなくなることや頻発するミスについてはマニュアルを整備したり、人を集めて教育をしたりする。そうすれば、余計なことに時間をとられることがなくなる。
第四に、実力を身に着ける。聖書の登場人物たちは有能な人が多かった。そういう人たちは最初から有能だったのではなく、長い時間をかけて実力を身に着けてきたから有能となった。
モーセはエジプトの宮廷で教育を受け、ダニエルはユダヤ人の教育とバビロンの教育によって養成され、パウロは当時最高の律法学者のガマリエルのもとで学び、十二弟子たちは神の子イエス・キリストのもとで訓練を受けた。実力がないなら、そのことでふてくされるのではなく、ちゃんと実力を身に着けるのだ。経験、知識、学歴、職歴、資格などがあることで、開かれてくる未来もある。まず教会にしっかりと通い、メンバーとなり、聖書を学び、奉仕をすることは神と人に仕えるだけでなく、実力を養う上でも有益だ。教会で神の国の原則を教えと実践の両方を通して学び、世の中でも生かすのだ。また、教会でリーダーを努めることはなおよい。教会はボランティアで成り立っているため、教会でリーダーシップを発揮できる人は本物のリーダーだ。仕事に関する本を読んだり、資格の取得のために勉強したりすることも必要だ。忙しい人でも、時間を有効活用すればそれは可能だ。通勤時間や昼休憩の時間を読書や勉強に使うだけでも、かなり成果をあげることができる。

そして、第五に、うまくいってもいかなくても、へりくだり、神をほめたたえ、神に栄光を帰すようにする。すべては神のためだ。

私たちにはそれぞれ異なった賜物が与えられている。賜物というのは、能力、お金、時間などのことだ。イエス様は最後の審判のとき、それらの賜物を有効利用したかどうか、私たちに問う。つまり、ベストを尽くしたかを私たちに問う。そのときにベストを尽くした人はイエス様から「忠実な良い僕だ。よくやった」とほめていただけるだろう。
仕事や勉強というのはクリスチャンとして最も重要なことではないが、私たちの生活の中で時間を一番長く使う領域だ。そのことについていい加減にしてよいはずがない。私たちは世的なハングリー精神ではなく、義に飢え渇く心によって、あらゆることを真剣に取り組む。
あらゆることにベストを尽くして神様への愛を現し、自分の生活を神様への焼き尽くす献げ物としてささげるものとなろう。アーメン。

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