牧師と一般信徒の共通の権限

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16世紀の宗教改革には未改革の部分があり、万人祭司説も結局聖礼典と公で教えることは正規に召された者以外できないという奇妙なダブルスタンダードを採用した、間違ったものでした(;´Д`)

聖書をもっと細かく読み解いていくならすべてのクリスチャンが正規に召された祭司であって、聖礼典の施行も教えることも許されているとすべきです。

今回は聖書的には聖礼典、つまり洗礼と聖餐をささげることは一般信徒でもOKという点を扱います!

ただし、牧師は地域教会の方針を決める権限を持つので、教会の方針や牧師の意向にそわない場合この通りに実施しないことをおすすめします(๑*ε*乂)

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牧師と一般信徒の共通の権限

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【聖書箇所】
マタイによる福音書28:19
だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、

使徒言行録8:12
しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、男も女も洗礼を受けた。

使徒言行録9:10
ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。

コリントの信徒への手紙一1:14-17
14 クリスポとガイオ以外に、あなたがたのだれにも洗礼を授けなかったことを、わたしは神に感謝しています。
15 だから、わたしの名によって洗礼を受けたなどと、だれも言えないはずです。
16 もっとも、ステファナの家の人たちにも洗礼を授けましたが、それ以外はだれにも授けた覚えはありません。
17 なぜなら、キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。

使徒言行録2:42,46
42 彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。
46 そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、

ペトロの手紙一2:9
しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。

コリントの信徒への手紙一10:23
「すべてのことが許されている。」しかし、すべてのことが益になるわけではない。「すべてのことが許されている。」しかし、すべてのことがわたしたちを造り上げるわけではない。

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