神の御心がわからない┐(´~`;)┌

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真剣に神様に従おうとしている人なら誰だって
「自分の人生のこのシーン、この分野、この領域における神様の御心は何だろうか???」
と考えてみたことがあるでしょう。

それは良いことです。
なぜなら、御言葉にはこうあるからです。

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が良いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」(ローマ12:2)

神様はすべてのことを知っておられ、私たちを心を尽くして愛してくださる最も知恵深い方でありますから、何事もこの方の御心通りにすれば間違いないのです。

ところが、神様の御心がさっぱりわからない/(^o^)\ということがあります。そういうときはどうしたらいいんでしょう?

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神の御心がわからない┐(´~`;)┌

御心がわからないと優柔不断になり、精彩を欠く虞があるため良くありません。なんとしても解決したいところです。

まず、神様の御心を知る最も確実な方法は何であるかをお伝えしましょう。

1.聖霊様の導きを求めて祈る。
2.聖書の御言葉を読み進めていく。
3.インスピレーションが与えられる。

これで神様の御心はわかります。
もちろんほかにもやり方はいろいろでしょうが、聖書と聖霊様によるという点は揺るぎません。

ちなみに聖書と聖霊様以外の方法、たとえば占いとか霊媒によって知ろうとするのは死に当たる罪ですので、絶対やってはいけません。

占いや霊媒は悪霊の力によるものであり、かかわるとその人の人生を悪霊にコントロールされてしまうからです。
もし、ちょっとでもこの罪に染まったことがあるなら今すぐ悔い改めて主の御名で呪いを断ち切りましょう。

主は御自身の御言葉を求めることにこだわりを持たれておられます。
イスラエルの王アハズヤがエクロンの神バアル・ゼブルに託宣を求めるために使者を遣わしたとき、預言者エリヤはこう言いました。
「主はこう言われる。『あなたはエクロンの神バアル・ゼブルに尋ねようとして使者を遣わしたが、それはイスラエルにその言葉を求めることのできる神はいないということか。それゆえあなたは上った寝台から降りることはない。あなたは必ず死ぬ。』」

さて、聖書と聖霊様によってほとんどの場合神様の御心が分かるでしょう。

しかし、中には上記の行程を経てもなかなか御心が分からないときもあります。その場合二つの可能性が考えられます。

その1、あなたに悔い改めていない罪がある場合、主は悔い改めるまで御心を明らかになさらないことがあります。
すでにその罪を悔い改めるよう示されているのに、「この罪については無視しますが、私の進路について御心を教えてください」なんていうのはムシの良すぎる話ではないでしょうか?
物事には順序があるのです。

その2、神様は何らかの理由でそのことについて御心を明らかにするつもりがない場合があります。
エリヤの2倍の霊を受けた預言者エリシャは聖霊様の力によって敵国の王が寝台の上でささやく声まで察知することができ、
下僕のゲハジが勝手にナアマン将軍から金品を受け取ったときも聖霊様によってそのことを知ることができました。
聖霊様によってほとんど何でもわかってしまうような預言者です。
ところが、ある婦人の子供が死んだとき、エリシャはそのことを知ろうとしたにもかかわらず、知ることができませんでした。
そして、「主はそれをわたしに隠して知らされなかったのだ。」と言いました。

偉大な預言者エリシャに対しても主は隠し事をすることがありました。当然、私たちに対しても同様でしょう。

御心がすべて分かることがいつも良いことだとは限りません。主は私たちに選択させたいこともあります。

進路や職業、配偶者の選択など、人それぞれ答えが違う事柄は、重要ではありますが実は枝葉的な問題であって、
何を選んだとしても主を愛して選択したことであるなら主は祝福してくださるのです。

「しようと思うことは何でもしなさい。神があなたと共におられるのです。」(サムエル上10:7)

御心がわからないときに萎縮してしまうのは御心ではありません。
主は全世界の支配を私たちにまかせてくださったではありませんか。
よく祈り、御心を考えた上で、最終的に自分で決断しましょう!

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