神様は何でもお見通しです

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神様は何でもお見通しです。

「人の心は何にも増してとらえがたく病んでい」ますが、神様はその罪に蝕まれたすべての部分についても極め尽しておられます。

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神様は何でもお見通しです

人間には私たちの心のうちがわかりません。
人間と話をするとき、恥ずべきことを隠しておくことはできます。
しかし、神様に祈るとき、人間に話すようにできません。神様の前にはすべてのものは裸であり、さらけ出されています。

私たちはみな、この地での人生が終わったあと、王なる主の御前に立ち、自分のこと、自分の人生のことを申し述べなければなりません。
審判のときにそれを初めてする人は不幸です。必ずや後悔に暮れることになるからです。

主はすでに、いま、私の心を極め尽しておられます。

私のうちに不純な動機があること、意固地に悔い改めていない罪があることを、主はいま、見抜いておられます。

にもかかわらず、愚かな人間は、アダムのように神様から隠れようとし、自分の罪を告白しません。

だから、いま、心を極め尽しておられる主の御前で自分をさらけ出し、低くすることができる人は幸いです。悔い改めの実を結ぶまで悔い改めることができる人は幸いです。

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